所要時間
登山口から山頂まで、片道およそ1〜1.5時間。急な斜面もあるため、歩きやすい靴でお越しください。

SOKEHS MOUNTAIN
絶景と、戦跡と、抵抗の記憶が眠る山へ。
コロニアの港の対岸に、切り立った岩肌を空へ突き上げる山があります。ソケースロック(ポーンドラップ)——「ポンペイのダイヤモンドヘッド」とも呼ばれる、島のシンボルです。
その頂は、ただの展望台ではありません。眼下に広がるリーフの絶景の足元には、日本軍が残した砲台が眠り、100年以上前の抵抗の記憶が刻まれています。ソケースは、ポンペイの自然と歴史が最も濃密に交差する場所です。
THE SUMMIT VIEW
登りきった者だけが見られる、島いちばんの絶景。




GUNS IN THE JUNGLE
山頂の絶景の足元に、日本軍が残した大砲が今も静かに眠っています。

第一次世界大戦後、ポンペイは日本の委任統治領となりました。太平洋戦争が始まると、島は南洋防衛の要のひとつとして要塞化されます。日本軍は山頂まで「砲台道路」を切り拓き、この尾根に重い大砲を運び上げました。
ソケースをはじめポンペイには、今も7門の15cm沿岸砲(1門は分解状態)と、2門の12.7cm高射砲が残されています。沿岸砲は海から迫る敵艦を、高射砲は空からの爆撃機を狙うためのもの。ソケースの15cm砲は、もともとランガル島にあったものを戦時中に運び上げたと伝えられています。
1944年、アメリカ海軍の戦艦がポンペイを艦砲射撃し、島は空襲も受けました。しかし上陸戦は行われず、これらの大砲が実戦で火を噴くことはほとんどないまま終戦を迎えます。だからこそ砲身は今も原形をとどめ、ジャングルの緑に抱かれて、あの時代を静かに語り続けているのです。



THE SOKEHS REBELLION
日本の時代より前、ポンペイはドイツの植民地でした。ドイツ統治は道路建設のための過酷な強制労働と、島の誇りを傷つける体罰を人々に強います。1910年、ついにソケースの人々が蜂起し、ドイツ人官吏を倒しました——ソケースの反乱です。
険しいソケースの山は、蜂起した人々の砦となりました。今も尾根には、当時のポンペイ人の砦跡の石積みが残されています。しかし翌1911年、軍艦を伴って鎮圧に乗り出したドイツにより反乱は制圧され、17名が銃殺刑に。さらにソケースの人々の多くが遠くパラオへ強制移住させられ、土地は取り上げられました。
絶景の裏側にある、この島の痛みの記憶。山を歩くとき、その物語も一緒に心に留めていただけたら——それは、風景をより深いものにしてくれるはずです。
GOOD TO KNOW
登山口から山頂まで、片道およそ1〜1.5時間。急な斜面もあるため、歩きやすい靴でお越しください。
雨上がりは道がぬかるみ、岩が滑りやすくなります。トレッキング向きの服装がおすすめです。
戦跡や砦跡は、知識がないと見過ごしてしまいがち。ガイドがいれば、風景の奥にある物語まで楽しめます。